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マンテリウス・ヘーメルスジョイントコンサート / 井上一朗

2010/07/15 22:18 に 神垣忠幸 が投稿   [ 2010/07/15 22:21 に更新しました ]
 1995年7月26日、Jos Cuppens 率いるハッセルト市のマンテリウスアンサンブルのメンバーおよび随行者35名は関空の到着ロビーに姿を見せた。全員なかなか元気。'92年の私たちアンサ ンブル・ヘーメルスのハッセルト訪問と姉妹合唱団提携の署名から、実に3年ぶりのうれしい再会である。

 8月5日、マンテ リウスアンサンブルと私たちアンサンブル・ヘーメルスとのジョイントコンサート当日である。マンテリウスアンサンブルはJosの理念に従いヨーロッパの中 世および古典の作品、近代および現代の作品を二本柱とし、「赤とんぼ」やベルギーの現代作曲家による編曲の「五木の子守唄」をまじえて澄みきったハーモ ニーを披露した。私たちヘーメルスもまた指揮者である私の理念に従い、ネーデルランド語(フランドル地方の言葉)によるベルギー近代の作品とフランドルの 民謡を中心にプログラムを組んだ。全体としてほぼベルギーフランドルの色で統一でき、演奏会としてのまとまりを持たせることができたと思う。

 このジョイント コンサートの最もユニークな点は、合同演奏のステージを企画したことにある。外国合唱団の来日に際しては、日本の合唱団が賛助出演することはよくあるが、 合同演奏を試みることは少ない。それは言語、レベル、レパートリーなどの関係で、共通の選曲と合同練習に問題が多すぎるからである。しかしマンテリウスと ヘーメルスはこれらの問題を早くからクリアーしていた。合同演奏のステージには、'84年にハッセルトの指揮者Hugo Severiから贈られた楽譜、'90年に指揮者Josから贈られた楽譜、そして'92年にベルギーの作曲家R. Schroyensから贈られた楽譜などより合同曲を厳選し、半年前からFaxによって練習内容を何度も往復し準備を整えていたからである。とはいえ Schroyensの「Tel uw herinneringen (思い出を聞かせて)」には少々手をやいた。Schroyensの作品はリズムは言葉を忠実に歌わせているが、音使いには思いきったものがあり、聴きあっ て演奏することが難しい。Schroyensは数十年前に作曲したこの曲に新たな変奏曲を書いたのだが、この日の演奏ではそれらを同時に二重合唱するとい うものだった。いわば「夕空晴れて」と「ユーモレスク」を同時に歌うようなものだが、「そこがおもしろいところだ」とJosはわんぱく小僧のように目を輝 かせた。

 合同演奏ではJosと私が交代で指揮をとった。見知らぬ合唱団を振るときは肩が凝るほど重いものだが、彼らはなめらかに良く歌う。私が「マ ンテリウスのような歌い手が欲しいものだ」といえばJosは「Verkocht!(よし、売った)」と乱暴なジョークをとばす。Josが「ヘーメルスのよ うな配慮の行き届いた団員が欲しいものだ」といえば私が「Verkocht!(よし、売った)」とお返しをして、ジョイントコンサートは和気あいあいのう ちに幕となった。打ち上げパーティーは狭い会場にホストファミリーらを含めて100人近くがぎっしり入り、コンサートの余韻もあって心に残る夜となった。
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